トイレットペーパーはどこで製造?経過や歴史
トイレットペーパー歴史
日本国内で最も早い時期に巻き取り型のトイレットペーパーを発売した企業は、紙の博物館によれば、記録の残る限りで、神戸市内にあった貿易商の島村商会(嶋村商會)であるという。1924年、島村商会は高知県の工場に原紙の製造を依頼し、同商会がトイレットペーパーに仕上げた上で外国汽船などに納入していた。上下水道整備の進捗に伴い、1955年前後から便所の様式が「汲み取り式」から「水洗式」へ「和式便器」から「洋式便器」へ変化し、合わせて巻き取り型のトイレットペーパーの生産量も増加した。使用量は日本人一人あたり年間およそ8キログラムと推算されるほど生活必需品で、非常時に備えて平時の備蓄が望まれる。2020年現在、流通する97%は国産であり、原材料も国内で調達されるなど自給率の高い製品である。
参考文献:ウィキペディア
ティッシュペーパー歴史
第一次世界大戦中、脱脂綿の代用品として開発されました。さらに吸収力を高めたものをガスマスクのフィルターとしても使用したそうです。
第一次大戦が終了した後、ティッシュペーパーは過剰に在庫が余っており、アメリカのキンバリー・クラーク社がメイク落とし用として「クリネックスティシュー」を発売。以降アメリカではティッシュペーパー=クリネックスという名前が定着しました。
1953年、日本でティッシュペーパーが発売。
1963年、山陽スコット(現:日本製紙クレシア)が「スコッティ・トイレットティシュー75m」を発売。クリネックスよりもやや安価で、広く出回るようになります。
1964年、日本初の箱入りティッシュ(「クリネックス」と「スコッティ」)が発売される。
ティッシュペーパー・トイレットペーパー製造会社
日本製紙クレシア
- 東京工場 – 埼玉県草加市松江四丁目2-16
- 開成工場 – 神奈川県足柄上郡開成町吉田島500
- 興陽工場 – 静岡県富士市比奈450
- 京都工場 – 京都府福知山市長田野町1-54
河野製紙
- 高知本社工場 – 高知県高知市下島町71
- 開成工場 – 埼玉県蓮田市井沼381
大王製紙
- 三島工場 – 愛媛県四国中央市三島紙屋町5番1号
- 可児工場 – 岐阜県可児市土田500
大分製紙
- 本社工場 – 大分県大分市錦町2-15-27
- 豊前工場 – 福岡県豊前市沓川312番地
林製紙
- 本社・工場 – 静岡県富士市比奈
鶴見製紙
- 本社・工場 – 埼玉県川口市南鳩ヶ谷8丁目1番10号
- 沼津工場 – 静岡県沼津市桃里464
その他、沢山製造会社はありますので、これだけの国内生産体制が出来ていれば不足する心配はありませんね。
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